☆★☆湾仔ナイト☆★☆

「朱元達はいったいどこにいるんだ…?」
今日もあちこちで茶碗陣を試したものの、何の成果も得られず途方に
暮れる涼。ここまで来て親父の敵討ちは諦めるしかないのか!
『今日はもう、ガチャガチャで遊ぶか。どこかその辺に…』
ガチャガチャを求めてさまよい歩く夜の湾仔。街の雑踏に降り注ぐ
まばゆいネオンの洪水に、突然、軽い目眩を覚え涼は立ち止まった。
ぼんやりと翳む彼の目に古ぼけた看板の文字が映る。
「…ん?『第八占卦』。占いか…」
これまでも、手詰まりになる度に占いの館の扉を叩いてきた涼。
『茶碗陣も飽きたし、別の手掛かりでも占ってもらおう』

「よく来たな!手相が貴様を幸運に導いてくれるぞ!」
扉を開けると、薄暗い館内に、どこかで聞いたような声が響く。
「お、お前は…?!」
思わず我が目を疑う涼。長袍に身を包んだいかにも中国人的なその
占い師の風貌は、否応なく彼に、故郷、横須賀にいる友を思わせた。
『似ている、アイツに。でも、そんなはずは…』
「ふん、占ってやろうか?見料は1回20ドルだ」
その口調までもが、涼にとっては懐かしいものに聞こえる。
「じゃ…じゃあ、頼む」
男の鋭い眼光にやや気後れしながらも椅子に腰を下ろし、涼は恐る
恐る右手を差し出した。男は右手に天眼鏡を持ち、左手でしっかりと
涼の手を掴む。思いのほか温かいその手に一瞬ドキっとする涼。

「貴様、人を捜しているな。だが、茶碗などいくら並べたところで、
相手は永遠に見つからんぞ!」
涼の手のひらに天眼鏡をかざすと、男は即座にそう言いきった。
「えっ!どうしてそれを…?」
いきなり茶碗陣のことを言い当てられ、当惑する涼。思わぬ展開に
戸惑う彼に、容赦なく決定的な宣託が下った。
「九龍城へ行け!俺がお前だったらそうする。それが答えだ!」
『九龍城…?はて、どこだろう?竜宮城…じゃないみたいだな』
そんなことを考えていると、天眼鏡から目を離し、男が顔を上げた。
まっすぐに自分の目を見つめる男の瞳に妖しげな炎が揺らめいて
いるのを見て、涼はゾクっとした。思わず手を引っ込めようとしたが、
男は掴んだ手にいっそう力を込め放そうとはしない。

「ところで芭月、お前、刃物は好きか?」
「えっ!な、なぜ俺の名前を?」
またもや飛び出した不可解な発言に唖然とする涼。
「フッ、貴様のボディーガードを務める俺が、名前を知っていることが
そんなに不思議なことか」
「ボ、ボディーガード?やはり、お前は…」
確認しようとする涼を遮るように、男は言葉を継いだ。
「刃物には気を付けろ!下手に触れるとケガをするぞ!お前が手に
入れようとしている財宝を奪われたくなければ、近づかないことだ」
『刃物だって?俺は武器などに興味はない。財宝?…おとぎ話か?』
男の言葉は、相変わらず涼には意味不明だ。
「貴様には俺がついている。刃物などに頼るな!」
「…だから、俺は刃物なんか…」
そう言いかけた瞬間、男の目から妖しげな炎が消え、掴まれていた
手が解放された。涼は、男の手の感触が残る自分の手に目を落とし、
心なしか寂しさを覚えた。
『なんだ、もう終わりなのか…』
「ふん、来たければまた来い!貴様の旅に加護があるといいが…」
「あ…ああ。ありがとう」
涼は、ポケットから見料の20ドルを取り出し、男に手渡した。
「バカ言え!それは…俺のセリフだ」

聞き覚えのある言葉に送られて席を立ち、戸口に向かいかけた涼は、
ふと、ガチャガチャを探していたことを思い出して振り返った。
「ちょっと聞きたいことが…」
だが、その続きを聞こうともせず、男は素っ気なく言い放った。
「そういうことは、地元の人に聞いたほうが早いだろう」
『そういうこと…って、俺はまだ何も…』
その時、部屋の隅のある物が涼の目を捉えた。…一対の松葉杖だ。
『あっ、あれは?!…やはりこの男は貴章だったのか!!』
涼の頭の中を見透かしたように、男の目がキラリと光った。
「分かったら、とっとと出て行け!」
かつて、横須賀港の第八倉庫で毎日のように浴びせられていた罵声。
その懐かしい声の余韻が、涼の頭の中に心地よく響きわたる…。

再びクラクラと軽い目眩を覚え、気が付くと涼は、まばゆいネオンが
降り注ぐ湾仔の雑踏の中にたたずんでいた。
「そうだ!貴章にはいろいろ教えてほしいことがあったな」
そう思って辺りを見回したが、先ほどの看板が見当たらない。
『ん?おかしいな。今出てきたところなのに…』
首を傾げながら巡らす涼の視線が、少し先の道端に釘付けになった。
「お…ガチャガチャだ!遊んでいくか」
つかつかと歩み寄ると、まるで何事もなかったように、嬉々として
ガチャガチャに興じる涼。こうして今日も湾仔の夜は更けていく…。
果たして、こんな気紛れな涼の旅に加護などあるのだろうか…?!

― 完 ―

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